帰ることができない、ならばどこで過ごすのか

公開日:2011/03/11(金) 更新日:2011/03/14(月) ふとしたこと

地震の日、いつもなら持っている宿泊用意を、今日に限って私は持っていませんでした。

唯一の持参物。

・パソコン
・iPad
・ギャラクシータブ
・ポケットWifi

時刻は17:00。

まずは、寝るところ。

これから何が起こるかわかりません。とにかく安全なところにいなければなりません。
倒壊の恐れがなく、安心できるところ。
そして何も持っていない私が、洗顔やある程度のものは用意できるところ。

iPadでホテルを検索。

最初はある程度、お部屋情報があったのです。

だからちょっと、選んだりしてしまいました。

そしてこれが、大問題でした。

あれよあれよという間に、宿泊可能ホテルが無くなっていくのです。

考えられない勢いでした。

「まずい」

すこし判断が遅かったです。

急いで会社にメールをし、ホテルの手配を泣きつきました。

 

会社では大慌てで、新潟のホテルに電話。

でももちろん電話はつながらない。

そんな中、奇跡的に電話がつながり、ホテルの部屋を押さえてもらうことに成功。

この連絡を受けた時の、安堵と喜びといったら、ありません。

寝床を確保できずにいた私のいらだちは、本当にすさまじいものだったので。

 

こうして無事、寝床を確保することができました。(会社のみなさま、ありがとうございました。)

 

「生きる」ことにとって、安全で安心して眠りにつける場所があるということは、とても大切なことであると、痛感しました。

そして同時に、被災地にいる方々の不安と混乱の大きさを、考えずにはいられませんでした。

 

私は幸せです。

明かりがあり、雨風にもさらされない、ベットの上で、寝ることができるのです。

1ページ (全183ページ中)